メインはジル。
愛を注いでもらうことの大切さ。
※
白い花
首都ロザリスを南下していくとラザロ街と呼ばれる貴族たちが余暇を楽しみ為に王妃であるアナベラが手を入れた街が存在している。
こうした時に身体が弱いのが良い口実になると思うのは母の取り巻き含め何やら同盟国でもあるザンブレク皇国の貴族が数人訪れるというその誘いを断れることだ。
前にジルとトルガルと共に稽古を眺めてそのままロザリアに限らずこのヴァリスゼアではあちこちで見られる空の時代の遺跡を見に行っても良いし、海を眺めにも行ける。
兄のそのことを話すと笑顔で快く応じてくれた。父上とマードック将軍にも話しておこうとふたりで許可を求めに王座の前に出る。ジョシュアは真っ直ぐに立ち、クライヴはひれ伏しながら。
エルウィン大公はしっかりと民の様子も見ておくと良いと頷き、ナイトとしての務めを忘れずにとマードック将軍も白い歯を見せて笑顔で送り出してくれた。兄と弟、ふたりの王子が出て行ってからエルウィンはマードックに静かに耳打ちをした。近頃城内にて高価なものが運び出されていると使用人たちからの報告がある。マードックも静かに頷き。気を抜かずに信頼できる召使いの彼女に様子を窺ってもらいましょう。そう告げた後に動き出した。
扉の外でトルガルを抱っこしながら待っていてくれたジルと共に3人で久しぶりに出て行くことになる。嬉しそうなジルと、今にも動きたくてうずうずしている仔狼のトルガル。
早速城下街へ降りていく。市場に活性が出て来たのも春が来たからだ。花を束にして並べ売り出すまだひんやりとした夜明けから働いていたのだろうローブを羽織っている年老いた女性の様子からも分かる。ジルに贈るよと帰りに受け取る為に先にギル硬貨を支払ってからジョシュアがジルはどの色が好きなのと尋ねた。
「白いのが好きよ」
両手で花束を丁寧に取って、帰ってきたら頂きますので預かっていて下さいお願い致しますと年配の女性に言付ける。
「ジルにぴったりだね」
「ありがとう、ジョシュア」
それを選んだ意味を気づいているだろうかとクライヴにそっと視線を送ると。
少し気恥ずかしそうに、それでも口角を上げてジルに優しく微笑んでくれた。
あっちのパンはね侍女たちと話したのだけどふんわりしていて。そっちは木の実と野苺が入っているの。
買い物に回るといちばん生き生きとしているのはやはりジルで。
紫色のは。
長持ちさせるためにワインが入っていると聞いたことがあるわ。
ジョシュアのニンジン嫌いもすりおろしてパンに混ぜ込めば…。
それをしたら僕は兄さんとも侍女たちともしばらく口を利かないよ。
全く頑固だな。
父さんと兄さんもそうだからね。
ふたりとも。好きなのを選びましょう。
いつも通りというべきか。兄弟らしいやり取りにくすくす笑いながら彼女が先へと進めてくれた。
青い空、草花はみずみずしく爽やかに拭いている風がその香りを運んで春の訪れを感じさせてくれてくれる。
海岸線か迷ったが川岸に行くとこにした。あちこちに遺跡の跡がある。
「この空を飛んでいたのよね」
「高いよね。どれくらいかな」
「埋め尽くすほどとも、聞いたことがあるな」
太陽が高く昇る頃には日差しもとても暖かく海と空が明るく透き通っていた。遺跡も照らし出され影を作っていく。川岸でジルが楽しそうにステップを踏んでいく。
「水冷たくないのか」
家族のように育ってきた彼女へ優しくそうして明るくクライヴが尋ねると。
「冷たいけれど痛くはないわ。ここも透き通っていて綺麗よ」
水をぱしゃんと蹴りながら気取らない明るい声でそう返してくれた。
「そうか、良かった」
日差しによって水面がきらきらしていて、それが楽しく水を蹴る彼女自身と周りを明るく見せる。
あちこち駆けまわってきたトルガルが座りながら兄と共に話をしていたジョシュアの元に戻って来て。両手で高く抱えてやる。
「楽しかったんだね、トルガル」
トルガルの金色の瞳も輝いている。
「幾らでも遊び足りないって顔しているな」
トルガルがクライヴの方を振り向いた。
「兄さんと狩りに行きたいんだね」
ジョシュアはトルガルが言いたいことを掴んでくれて。
「今はまだ俺に元気に飛びつくくらいだけどな」
大きくなってきたら行こうなとそのひと言に元気にキャンと吠える。
昼下がりとなり3人で城下町にて選んだパンと果物、そして城内の調理場から持ち出したお茶を嗜む。
「北は…」
「方角的に向こうだな」
「ジルの故郷があるのも…」
「北部はむしろ…」
兄弟ふたりがかつて彼女の過ごした地に興味を示しているのは近い内に大公が遠征へと向かうからだ。北部地方もかつてはロザリアと同じく緑が—育っている植物は異なっていても—覆う美しい場所だったと聞いたことがあった。
ジルは静かにふたりのやり取りを眠っているトルガルの頭を優しく右手で撫でながら眺めていた。風がさわさわと少女の白銀の髪を揺らしていく。
ふと左手の手元に視線と落せば。緑色の絨毯に黄色や淡いピンク色の花たちの群れに紛れて。白い小さな花が揺れていた。周りの花たちは優しく見守ってくれているように見える。
(ここにいて、良いんだ)
ここに来て、幸せで—…。
でも、私のいたところで戦いが終わっても。他の国ではそうじゃないのよね。
彼女がずっと黙ったままだったので兄弟で声を掛ける。
「今はロザリアが僕らの家だよ、ジル」
「ああ。ロザリスでは貴族だけじゃない。民や皆が暮らしている。人と人が集い合い助け合って生きていくのがロザリアだ」
ふたりのそのあたたかな招きにうんと笑い合いながら頷いた。
インビンシブルに保護されたばかりのダルメキア共和国から来たベアラーが数日経つとだんだんと口数が増えていった。そしてクライヴにあんたを責めた中に俺は居た訳じゃないが…すまなかったなとそう言葉にしてくれた。
「いや…。ただでさえ苦しい状況に置かれている皆が更にそうなっていく原因にもなっているのは事実だ」
目の前に起きているその現実に立ち向かっているとそうはっきりとクライヴが告げると。
「あんたのやっていることは、本当は、分かっているんだ…分かりたいんだよ。
けどな。だからといって俺たちは今まで“そうするしかない”って受け止めていた。死ぬのもこれ以上辛い目に遭うのも嫌だからな」
右隣に立つジョシュアは正直に話してくれてありがとうと礼を伝え。左隣のジルは静かにこのやり取りを咀嚼していた。
「ここはダルメキア以外でもたくさんの奴がいるな…」
ジルに視線を向け“あんたは北部の人か”と彼は続ける。
ザンブレクともロザリアとも肌の白さが違う。ああ、気を悪くしないでくれ。
ダルメキアは交易のるつぼでもあるからな。酷使されられている間も他の国の奴らをよく見かけたが、北部はあまり見かけなった。それでそう思ったんだ。
—黒の一帯に咲き誇る一輪の白い花みたいだな。
男がそう彼女を評した真意は分からないまま、割り当てられた部屋へインビンシブル内の仕事である大工の道具を取りに出て行った。
「ジルは凛としていると気づいたんだろうね」
ジョシュアが優しく微笑みながらジルにそっと告げる。
「そうかしら…」
彼女のこの鈍い反応は鉄王国で兵器として扱われて来た過去故だとクライヴは気づいている。
罪悪感と誰も助けられない戦場における絶望の日々。
けれど、漆黒の森にて黒の一帯を目の当たりにした時、ここもかつては美しい場所だったのでしょうねとジルは話してくれたことがある。…かつての目に出来た楽しかったこと、愛おしいもの、愛すべきものたちを。君は忘れたりしていなかった。
スティルウィンドで初めてその脅威を蛮族や魔物たちを通して目の辺りにして。シドと共にクリスタルロードではなくグレートウッドを抜けていこうとした時に各地で黒の一帯の被害を語った自分と同じく。生き延びることに必死な彼ら。この大陸に住む人やドミナント、ベアラーたち。そして生き物や魔物たちも。生き延びたいという生存本能に大切なのはそうした心から来る豊かさだ。それは富を積むことではない。
ジルが語ってくれた様に美しいと感じてそれを心から語れる内面から来るその人そのもの。それこそ今とこれからのヴァリスゼアに必要なのだ。
ジル、と彼女に声を掛ける。
「どうしたのかしら、クライヴ」
「これからジョシュアと共に拠点を出る。その前に植物園に用があるんだ。付き合ってもらえるか」
「ええ」
ナイジェルにモルボル系を含め植物系の魔物たちの研究を確認した後。
ろ過装置の周りで咲き誇る花たちの中で一輪、白い花が咲いているのをふたりで眺めた。
「いつの間に…」
彼女の瞳が驚きと共に少し開かれた。
「ヨーテからの依頼でストナ草を摘んでいた時に。あそこは橋の麓で陰っていて。他の草花から根も絡まれてそのままでは枯れてしまいそうだったからな…」
周りの花たちに負けないくらい元気になってくれて良かった。そう囁くように穏やかに彼女に教える。
「…歓迎されているのね」
他の花たちの様子と照らし合わせて眺め彼女はそう言う。
周りの花たちに囲まれて水が与えられたばかりだからか水滴が可愛らしく青空が覆われてしまった空の下でも輝いている。
「確かに、ジルに似ているな」
「…そうなの?」
「しっかりと大切なものを見極めて。大事な事を蕾のように膨らませて花を開かせるように語ってくれる。白は黒の一帯においてひと際凛と目を引く。ぴったりだ」
「ありがとう、クライヴ…」
どう言った意図でダルメキアの彼が彼女の事をそう評したのかはすぐに分からなくても。
再会してからずっと傍に、いられたのだ、…とは思う—…。彼がそう伝えてくれて。
心がまたあたたかくなるのを感じた。ここで彼と皆と紡いで来た日々。
植物園にて咲き誇る花たちと共に。
(あの日も、あなたは…)
白い花と巡り合わせてくれたのだ。覚えている?と聞いてみたかった。
だけどジョシュアと直ぐにまた出て行くと彼は言っていた。声にしたら探しにも出てはくれるだろう。
自分の為にこの時を費やしてくれたのだと思うとそれ以上は申し訳ない。
「私はもう少しここにいるわ。ジョシュアが待っているでしょう」
彼に微笑みながらそう伝えておく。
「…そうだな。ナイジェル、感謝する」
「お気をつけて。モルボル系だけでなく、珍しい植物系の魔物の報告も待っています」
「ああ、分かった」
早足で自分の元に戻って来た兄のその様子に弟は“気づいていない訳じゃないんだろうけど…”とこの依頼が済んだら兄にある提案をしようと固く決心した。
結局ベアラーの男が言った一輪の花とはジルがとてつもない美人だという意味だけであり。
弟のジルを我慢させてばかりだという助言もあってかつての日のように見つけられたあの花の傍でふたりは青空をまた眺めると新たな誓いと共にお互いをしっかりと抱きしめ想いを確かめ合い。
そうして気取らない朗らかな彼女へと戻っていった。
白い小さな花も変わらず植物園で咲き誇っている。
周囲の彼らと花たちに愛されながら。その愛をまっすぐに受け入れ根をしっかりと張って。
※花の種類とかは特に決めていないのですがスノードロップの様なものをイメージしてもらえたら。