ヨーテとジル。

はじまりは他でもないあなたなのだ。

黒の一帯を巡りこの大陸に起きている現実をふたりで目にしながらジョシュア様が語る。

僕らに何が出来る―?

それは私に対しての言葉ではない。未だ傍に寄ることも叶わない―…あまりにも大切な人なのだと…血が繋がっている5つ年上の実の兄に対するものなのだ。
その全てを私には計れない。
理が姿を現し、一体何が起きているのかあの人には分からなかっただろうとそれは当然だとジョシュア様は語った。ミュトス、と。
ジョシュア様が教えてくれたあの人の本名ではないものの呼称。それが狙いなのだとジョシュア様はモースの書物から知った。それが具体的にどういったものなのかはまだ不明瞭で。封じることぐらいしかこの身では出来ないと咳き込むあなたと共に混乱と混沌に陥ったザンブレク皇国領内を離れた。目の前に迫っているのは黒の一帯だけではない。ジョシュア様の石化だって同じこと…。
教団の指揮を取るシリルに証拠を見せたところで今必要なのはそれを打破する力。
フェニックスだけでは到底成し遂げられない。だが、すでに混沌へとこの大陸全体を陥れていると宗主自らの発言に教団の者たちも変わらず動き出した。
ある者はダルメキアからウォールード王国へと向かう船に乗り込む滅多にない機会が訪れたのですと興奮気味に語り…シリル様が深い笑みを浮かべてさあ行きなさいと送り出した。
他の者たちはこのタボールの周辺を中心に空の文明時代の遺跡へと駆り出された。
遺物が出現する可能性がある、危険だと思ったらすぐ身を引いてくれとジョシュア様が命じてくださったのだけど、この方と旅立つとなると果たしてそれはどこまで有効となるのか。
教団の教えそのものではなく…私はジョシュア様の傍に、この方に仕えられるならここに居ようとこの身を置いている。
しばらくしてクリスタルロードにて小さい薬売りが薬を売りつける為に近づいてきた。
ジョシュア様の具合が崩れているのは生まれつきのものだけではない。
もし余計に悪化でもしたら―と短剣を抜き追い払おうとするとジョシュア様は優しく私を諫めてその少女にも優しく大丈夫だと答えられた。
月を見上げ混沌とした世界を望むのかと黄昏行くこの大陸をどこか語り手のような物差しで語りながら。

諦めが悪いように思えます…。
シリルが動けるようになってからまだこなれてこない剣捌きと生まれたときにはもう宿っていたフェニックスによる再生の炎—ファイアとも呼ばれる魔法とケアルガと詠唱される強力な回復魔法を器用に使いこなすそのアンバランスなお姿に決して言葉にはしないが、彼本人からその気配を醸し出していた。
もっとも楽な方法は…ヨーテ。お前も分かるはず。
イフリートであるクライヴ・ロズフィールドを抹殺すること。

ジョシュア様は決して頷かなかった。

シリルは淡々と理性的に…いや冷淡だった。語り続ける。
我々はあなたを保護した日からあの場にいて姿を消した彼がそうではないかと考えております。
それとお聞きになりましたでしょう。
フェニックスの力の一部を使うベアラー兵がザンブレクにいると。
あの場にてあなたの傍で仕えていた兵たちの殆どはザンブレクの兵達に殺され。唯一彼だけが行方をくらませていた。
…幾人か生き残った者たちも同士たちが見て回りましたが間違いはないでしょう。
その日からずっと貪るように必死に書物を漁るあなたのその後姿を見送る日々だった。
ジョシュア様の切実な想いは感じる。
だけど私にとって大切なのはその想いを顕わにするあなたそのものなのです。
相手の方があなたと同じ血が繋がっている大切な方だとしても。
石化が広がり咳き込むあなたの為にダリミルの宿にて水差しを取りに出た私が見た光景はあなたにとって大切なあの人が今正にあの訛りはウォールード王国の者達だろうか、兵士たちに幾人か取り囲まれていて。
フェニックスゲートの奥やドレイクヘッドの最奥の神殿まで来られたぐらいなのだからこの程度の兵たちの相手などいともたやすいことだろう。
私が気がかりなのはあの方が支配下にまた置かれないかということ。
実際マルガラスと名乗りながら同じ場所に辿り着いたジョシュア様は声を掛けることもなくこのままでは危ないとすぐにフェニックスゲートから私と共に離れた。
急いで戻り水差しを置きジョシュア様の手を取る。
ここに長居は危険です、参りましょう。
理由を尋ねることはなく私を信頼してふたりで窓から抜け出した。

…モースの書物に書かれていた通り理が存在し。
クライヴ・ロズフィールドに何らかの目的を持って近づいて…彼を利用しようとしているという事実は分かりました。
ヴァリスゼアを見て回るのですね。…ヨーテ。お前の役目は我らが宗主を守ること。決して怠ることはないように。

シリル。私は教団の命令だからこの方に付いていく訳ではない。
ジョシュア様にとってたったひとりの兄の真実を知ろうと思っている訳でもない。

その想いを発せられる、あなたそのものが私にとって大切なのです。

シリルは諦めが悪いと認識している。けれど、私は知っている。
ジョシュア様がクリスタルロードにおいて月を見つめながら語られた時…どこか、諦めに近い…それはご自身そのものへの見方でありこのヴァリスゼアへの大半の人々に対する眼差しなのかもしれない。引いた姿勢で物事を測っておられると。それとはまったく逆に長い間眠りについていて。
目覚めてから動くのも辛い身体を必死で歯を食いしばりながら言う事を聞くように動かし続け。
そして教団のほぼすべての者たちが“そうだ”と考えを示していた物事に抗うかのように書物を貪っていたこと。彼らに協力して欲しいと宗主である—フェニックスのドミナントとして生きていく—ことを受け入れながら歩みを止めない強い、炎のような揺らめき。人そのものを再生の炎により導きそして手を差し伸べ連れ出していくその力強い灯火。
それが生みだされているのはもちろん私ではない。教団の宗主だからでも、ロザリアを引き継ぐ公主だからでもない。

あの方がそのはじまりなのだ。

ヨーテは彼の想い以上に彼そのものへと意識を向けていた。
一方でジルはクライヴとジョシュア。兄と弟。炎の絆そのものの再会を目の前にして。
こみ上げる想いそのものから心と身体を震わせ。涙を流した。喜びの涙だった。
彼女もクライヴと想いそのものを重ねていた。生きてくれていた…また会えた…ようやく、会えたの。こんなに嬉しいことはないの、と。

タボールにてジョシュア様からインビンシブルに先に行って待っていて欲しいとそう言われた。主君が従者へ差し伸べる気遣いの魔法と共に。
仕度を整え出発しようとするとあの方と今も共に戦っておられる女性の方は先に買い物を済まそうと市場の方へ向かっており。ジョシュア様おひとりで私に声を掛けて下さった。

“インビンシブルにてお待ちしております”
““人”が生きている場所だ。彼らの様子をよく見て欲しい”
“ジョシュア様はずっと私に人として接して下さいました。ご兄弟ですから、同じなのですね”
ベアラーである私を。ノルヴァ―ン砦に囚われたのもこの方が村人やベアラーたちを助けようと魔法を放ったからだ。

“人でありたい“
その想いが強まったかなとジョシュア様はまっすぐに話してくれた。

その言葉の意味するものを私は実際にインビンシブルに来て…ようやく分かったのだ。
ジョシュア様が人でありたいと語る核(わけ)も。
ああ、どうか。不死鳥の盾であり、フェニックスのナイトであるあなたに…託します。
ジョシュア様がその願いを叶えられるように…最後まで、どうか。あなたのそばで、ご兄弟として。
あなたはあの方の兄であるのだから。産まれ落ちた時からここでやっと目覚めてからも。ジョシュア様にとってのはじまりがあなただから。

温かい飲み物や食べ物が身体を芯から温めてくれる。オルタンスがくれた布地から針子の楽しみを思い出した。
ノースリーチのマルシェで買い物をふたりで。パンや色とりどりの果物、肉屋にて今日のメニューについてモリスやメイヴと相談しようと選んだりして。あそこの美味しかったとか、インビンシブルに新しいメニューを作り出そうと相談したいなと思ったりもして。
川岸でクライヴとロザリスの城下街へ買い物へと出かけた時のことを語り合った。ロザリスはもう戻って来なくても思い出はずっとあなたと私の中にある。
あの丘にてふたりで過ごしたあの日も…あなたはずっと大切に覚えてくれていた。

“人でいたいの”

抑えることはもう出来ないその想いの丈を彼に話した。
それを話す前もあなたはずっと私そのものを大切にしてくれていたけれど。
でも、それだけではこの世界はだめなのとはっきりと分かっていた。
あの国での過去は消えない。だからこそ私はあなたと共に戦う。
彼はあの国から戻ってから可能な限りは私と共にいてくれた。同時に伝わってくるあなたの想い。
“どうか、君には人でいて欲しい”
それを望んだのは確かに私だった。なのに、もうひとつの想いが私を苦しめる。
“あなたのそばにいたい
あなたの傍であなたを守る為に生きる。
どうか、と願っていたのに叶わなかった。
代わりに彼は私に誓ってくれた。人として私と共に生きていくと。

どうか。
メティアに祈りを捧げる。

それから朝になりまだ覆われたままの空を眺める。
“あなたと…青空をまた一緒に眺めるの”
心の中で語るその願いをクライヴは感じ取ってくれて。そっと引き寄せてくれた。
声には出さない。それでも始まりだったあの日と同じものを見ようと優しく微笑みその深く青い瞳が帯びる輝きから愛おしさを彼女へ注いだ。

あの日も、再会してからも、人へと戻った今も。
はじまりはあなたなのだ。

※クライヴに対して“人でありたい”と語るジョシュアと“人でいたい”と吐露したジルの想いの深さ。
16のテーマ性のひとつだと思います。