前半はクライヴとシドのやり取り。

後半クライヴ→ジルといいますか。何かとひとりで背負いがちなクライヴの狡さを少々。

彼は彼で真剣そのものであります。

かつての拠点の周囲の様子は殆ど変わったようには思えない。周りは黒一帯だ。
大勢ではなかったがそれでも人が住んでいて増え続けていったと語ってもすぐに信じるものなどいないだろう。
ましてやマザークリスタルを破壊する為に活動を行なっている者たちがそれを語るのなら。
それでも、彼と彼女は僅かな時間であってもここに居た。全ての人を連れて行くことは出来なかったが生き残った者たちと生きていくことを決めた。
両親―家族を失った双子のテトとクロはまだ赤子で、彼らの面倒を見ていたのはそれより少し年上の子どもたちだ。シドのことを告げなければならないと決意してここに帰還した彼らに抱き着いてわんわん泣いた。
ようやく子供たちが泣き疲れて眠りについてから疲れてはいたであろう、それでもジョシュアが生きてくれていたことを含めて現実を受け止め、ふたりは歩みを止めなかった。皆は心が折れかかっていたが、人として生きて欲しいと何度も伝えたのだ。
俺たちは皆から離れない、と。

跡形もなく崩れた拠点に残っているのは黒の一帯による盛り土から出来た墓だ。
今の拠点のシンボルであるクライヴとシドがマザークリスタルを破壊するとクリスタルに2本の剣を突き立てた誓いが墓にも刻まれている。

ドレイクードラゴンに纏わる神話から名前が取られたマザークリスタル。
それを破壊するということは、神話が終わること。

夢を託す、なんてかっこいいもんじゃねえよ。

シドのことだ、お前は今ここに居たとしてもそう言うだろう。ラムウの力を吸収した時に誰のことをどのように想っているのか。
この世界の在り方を変えたいのだとはっきりと伝わった。

夢なんて我儘なもんだ、エゴでしかない。だけど、お前が語った人が人として生きる世界っていうのは、俺には口に出来ないことだ。
それが元から持っていたのか生み出されたのか分からんがお前の願いなら―賭けてみたくなったんだ。

願い、とは違うのかもしれない。
俺が戦って生きていく意味—歩んでいく道なのだ。

それは我儘でも願いでもなく

シドという男がどういう奴なのか分からず。
ジルをどうするつもりだ、と問いただしてみると。
別にどうもしないさ、自由に生きてくれりゃそれでいい。
それが当たり前のことだろうと、軽くシドは返して来た。
彼女が今まで居た状況も環境もそうしたことが出来るようなものではなかった、あの一筋の涙のことを思い浮かべただけでも心が痛む。
医者に看病してもらい療養すること、どうやらここでは保護をしてもらえるとはっきりした時には気づかれないように胸をなでおろした。抜け出せるきっかけともなった礼もある。
条件と期限付きでシドに協力することにした。君を巻き込むつもりは毛頭ない。あいつをこの手にかけて、ここから姿を消す。

シドの言う通り、ジル…君だけはこれから自由に生きて欲しい。

「そう思っていたのだけどな…」
きょうだいみたいにロザリスで過ごしていた時も侍女たちがふたりでちょっとした話や城下街に買い物に出ていこうとするとクライヴ様と姫様は本当に仲が宜しくて…とひそひそ話どころか俺とジルに聞こえるように声高く朗らかに話しかけてきたことがよくあった。
来たばかりの頃は礼儀正しく微笑んでいるようにみえてどこか寂しそうな君をそのままにしておくことは出来ず、これからは彼女もロザリアの一員だからなと父上が語られたことも含めてジョシュアと3人で過ごすようになった。そう時間が経たない内にそれが自然となっていった。
机の上に置かれた手紙にあるジルのサインを眺める。
昔から変わらない丁寧で綺麗な字体だ。離れていた間も失われていなかったのだと嬉しく思う。
少し風にあたってから眠りにつくかと部屋に繋がるバルコニーへと意識を向けた時に扉をノックする音が聞こえた。
「クライヴ、少しいいかしら」
ジルの声だ。
「ああ、今開ける」
静かに扉を開くと軽装なジルがそこにいた。
彼女も眠りにつく前に用事があって来たのだろう。
目配せで部屋に招き入れ、風に当たろうと思ったんだとふたりでバルコニーの方へ向かった。再会してから幾度も見上げて来た夜空と月。
「…あの時と変わらないわね」
月は変わらずこの黄昏行くヴァリスゼアにおいても忠実な証人のように寄り添っている。
君に触れられなかったあの日と同じ様に。
ジルはまた心の中で月の傍らにあるメティアに祈っているのだろうか。
そっと背中に手を添えた。
「どうかしたのか」
「…眠る前にあなたの顔を見ておきたかったの」
「そうか」
あの日から一日も経たない内に離れ離れになった。
もう二度と会えないのだと、そう思っていた。かつてのロザリアのことだって考えるのも怖かった。
言葉を発さない、誰かと目を合わせることもしない。ずっと逃げ続けていた。ジョシュアを手にかけた相手をこの手で殺す。それだけを考えて。
夜空に浮かぶ月を眺めている彼女も会えなかった日々について考えているのだろうか。
イーストプールで死ぬつもりだったと話された時は心臓が止まる思いだった。
願いは叶ったわ、そう語る横顔にかつての君の面影を視た。
変わったのだと君はフェニックスゲートにて現実を受け入れて前に進むのだと決めた俺にそう話してきた。それから離れることなく共に過ごしていく内に気づいたことがある。
「…ちょうど君のことを考えていたんだ」
驚いているとも戸惑っているとも言える気配をすぐに察知した。
すっと、真正面から抱きしめる。
「こうしていると、安心できるんだ」
甘えていると思われているのだろうか。確かにそうだな、と自分でも思う。
ことんと頭を胸元に沈めて放たれたその気配に君が喜んでいるのだと分かって安堵する。
ロザリスで過ごせていたあの日々は君の手紙にもあった通りもう戻ってはこない。
それでも、会いたいと思うことさえ避けていた日々から今はこうして共に居られること。
それはけっして当たり前の事ではなく君がそれを望んでくれているからなのだと今ならはっきりと分かるのだ。
「昔からそうだった、俺が落ち込んでいる時は君が傍にいてくれた。
まっすぐに見つめてきてくれて、嬉しかった」
「クライヴ…」
すっぽりと腕の中に収まっている彼女は落ち着いた声質で俺の名を呼ぶ。
それが耳に響いてまた嬉しくなる。
「今も変わらないな…」
抱きしめる力を強めるとジルがすこし身じろぎしてそのまま身を委ねてきた。
何かを訴えるかのように。
人らしく過ごせているかしら、と尋ねてきたのと関係があるのだろうか。
買い物を楽しんだり針子を紡いだり食器を用意して。子どもたちの為に拠点に置く本を一緒に選んだりもして。
人らしい暮らしをインビンシブル内の皆や協力者たちと共に過ごせてきたと思っている。
実際にそう伝えた。あとは-。

ドミナントではなく、人として自由でいて欲しい。

コントロール出来るようになってからはなおさら君へのこの想いが日々増していく。
他のドミナントの力を吸収する度にお互いに口にはすることは無く、出来ないのだが。
疑いもなく気づいてはいる。
力の差が開いているのだ。
両肩に手を置きそっと引き離してまっすぐに彼女を見つめる。
「シドの拠点にいた時、君が意識を戻す前に黙って去るつもりだった」
話すべきか迷っていたが伝えることにした。言葉と行動で示さない限り、それはないも同然だとカローンにも口酸っぱく言われてもきた。
ジルが息を呑む。碧眼が憂いた。
「これからは好きに生きてくれたらと…そう、思っていた。
結局出来なかった。ずっと会いたかったんだ…」
己がイフリートのドミナントなのだと受け入れる前からずっと自分の中ではっきりしていたことを告げる。
何も知らなかったこの世界の“現実”も受け止めなければならないと、前に進むのだと決めたときも。君が傍にいてくれた。新しい拠点で皆と生きていこうと決めた時だって。“ふたり”だったからこそ、出来たことだ。
透明な作り物ではない瞳が潤う。彼女も同じように想ってくれている。
「私…あなたに抱きしめられて心が動いているって感じた…。
あそこにいた時…月を眺められなかった…どうしたってメティアが目に入るから…。
もう会えないと思っていたのに、それでもあなたのことを考えていた」
心がもう凍り付いて動かないのだからと考えることもやめたかった。
鉄王国にドミナントがいると噂が流れていた自分とは異なり彼のことは何も耳にしなかった囚われの日々。
連れ出される、命令されたまま剣を振るう、命を奪う。拘束具を嵌められたまま檻へと放り込まれる。その繰り返し。
もう会えないのだから、いっそのこと諦めて。心そのものが動かなければ。
「…私の意思でここにいるの、クライヴ。
自分で考えて、険しい道でも狭き門だったとしても…そうしたいの。
あなたと一緒にいる為に」
そばにいたい。それが私の生きていく道なのだと。
切実なまでにまっすぐに射抜くようにこちらを見つめて来た。
その瞳に自分の姿が映っている。
ずっとそうして生きたいのだと。これはまごうことなき彼女の本心だ。
再び引き寄せて抱きしめる。
「…ありがとう、ジル」
頷くことも、そうだな、と応えてやることも出来ない。
フェニックスゲートで礼を告げた時と同じやり方で我ながら情けなくなる。
俺はそう遠くない未来にシヴァの力も―。
それが何を意味するかは分かっている。
今話してきた願いでも我儘でもない、望んで大事にしてきてくれた明確な君の意思を俺は…。
「君がそう思っていてくれるのが、本当に嬉しいよ」
誤魔化すことは出来ない。だからこそ出来る限り俺の本心も君に注ぐ。
「ジル。君がいてくれて良かった」
彼女は気づいている。
それでも言葉にはせず、今度はおずおずと片手で俺の背中に手を回しお互いの温かさとここにいるのだと伝わる鼓動を確かめ合った。
すれ違うわけではない、突き放したりもしない。
我儘も願いもここにはない。

会いたかったから。一緒にいたいから。ずっとこれからも共に生きていく。
それだけを分かち合いながら、月夜のひとときをお互いの想いを感じながら過ごしていった。