その後を(トルガル)

黒髪の少年が名前を決めないとなとしゃがんで金色のその丸い瞳を見つめ。

“トルガル”。
それがお前の名前だとそう言われた。ふた回りほど小さい白銀の髪の少女とその少女よりひと回り小さい金髪の少年が嬉しそうに同時に相槌を打つ。
「俺の名前はクライヴだ。こちらが弟のジョシュアと。きょうだいとも言えるジルだ」
両隣で同じくしゃがみこんでいるふたりのことを教えてくれた。
“宜しくな、トルガル”。
ついて来てくれるかと誘われて。と、と、と足音を立てることもなくその後についていった。

まずは不死鳥の庭園と呼ばれる中庭だ。頬に何やら印がある男たちが手の平から水を放ち植物や蕾が開きかけている花がみずみずしく水滴を垂らしていた。庭師がこうしている時にはあまり跳ね回ったりしたらだめだぞと言われても小首を傾げるばかりで。
「すぐには言うことは聞けないみたいね」
白銀の髪の少女―ジルとふたりの少年は彼女をそう呼んでいる—は微笑みながらクライヴにそう伝えた。
「でも、言ったこと考えている。賢いんだろうね」
金髪の少年―弟だと言っていたージョシュアは明るく答えた。

次に案内されたのは樽と壺がある倉庫だ。
刈り入れ時で、今みたいに収穫された小麦が沢山運ばれてくる。
市場に行くとパンとして売っているの。かたちが全然違うからトルガルは驚くかも。
魚を凍らせたりしているね。ニワトリスは血抜きした後捌いて吊るすんだ。
金色の瞳に入ってくるものを次々と3人が楽しそうに案内してくれる。
「そうだ、トルガル。お前は何が好きなんだ?」
食べたいものについてどうやら言っているのだと分かったので吊るしてあるニワトリスに視線を向けた。
「生でも狼は大丈夫だからね」
「アンブロシアと一緒に大きくなったら狩りに行こう」
ジルがしゃがみ込み、お腹すいていないかしらと覗きこむ。
パタパタと小さな尻尾を振って大丈夫だと応えた。
全部見て回ったら、皆で青空の下で食事としようとクライヴの提案にふたりと一匹が賛同する穏やかな雰囲気に包まれた。

城門を抜け、兵士たちや馬(チョコボ)が詰めかけている広場へと出た。
空が広がり上を見上げると鳥は羽ばたいている。馬(チョコボ)は飛べないんだ。その代わりとても速い。トルガル、いつか競争してみるかと言われて前を駆けだした。
「ああ、待って」
追いかけようとする弟を止めて、兄が後を追おうとすると。
「成程。エルウィン様の目に適う訳です」
剣の師匠でもあるマードック将軍ががしっと捕まえて抱き上げてくれた。
「マードック将軍。失礼します。トルガルへの案内が終わり次第すぐに稽古場に向かいます」
真面目に挨拶をするクライヴに対し。
「偶には良いですよ、クライヴ様。ジョシュア様にとっては久しぶりの外出です。そちらもお疲れ様です」
将軍は白い歯を見せてニカっと笑ってくれた。
「ありがとう」
「ご厚情感謝致します」
ジョシュアとジルが揃って挨拶を交わす。
トルガルはそのやり取りをあちこち視線を向けごつごつした掌の感覚を感じながら眺めていた。

その日から稽古場でクライヴを眺めるのがトルガルの日課となった。
将軍だけでなく周りにいる兵士たちもお、今日もクライヴ様の後についてきたのか。偉いぞ。と声を掛けてくれる。何がえらいのかはよく分からない。
城内での用事を済ませてからジルが。稀にジョシュアと並んで稽古の様子を眺めていた。
あまりうろうろするなよと抱き上げられ簡潔に備え付けられている椅子に置かれたときに彼の掌も将軍ほどでなくてもごつごつしているのだとすぐ気づいた。
稽古は厳しいものなんだ。ジョシュアが真剣にそしてどこか厳かに話したことがある。
小さい少年が抱くようなものではない、その雰囲気。ジルも静かに目を伏せた。少女が抱くにしては切なげな、どこか大人の女性の雰囲気をちらつかせて。

まだ身体も成長途中、体力が尽きる頃には地面にうつ伏せで転がっている姿を何度か目にしたことがある。桶に入っていた水をばしゃんとかけられて。
頭を振りながらクライヴが起き上がった。側に同じく転がっていた木剣をしっかりと握りしめて。
「ナイトとしての資格をこのままでは得られない…よく分かっておられるようで」
「マードック将軍、もう一戦、お願い致します」
「迷いがないその意思の強さ。実戦においても非常に重要です。さあ来なさい」
日が傾く前にジョシュアがアナベラ様の取り巻きだ、とある兵が教えてくれた。連れていかれて。その前にジルに視線を向け、彼女ははっきりと頷いた。
ジョシュア。あなたの分までしっかりと見届けるから。
彼女もトルガルの方へ向き、ね。トルガルと同意を求める。
ごつごつしたあの掌はクライヴの血の滲むような努力の証なのだと分かったのでキャンと吠えた。

ある日の休暇だった。朝早くからの稽古がここの所北部への黒の一帯の影響が深刻化しているのが原因で大公と将軍は兵達を引き連れて出て行き短く終わった。
海岸線に何も言わずにクライヴは向かうことにした。ひとりで行くつもりだったがトルガルがタッとその後を付いていったのだ。

秘密の場所、だからな。皆には内緒だ。
言っている意味は全部わからなくても。
クライヴの様子からどうやらここでは何てことはないことでも。集めたものからも楽しそうに見えた。壁に寄り掛かり、じっと優しくトルガルを見つめている。
トルガルもクライヴを見つめた。
金色の瞳と、青い瞳が重なる。

今のクライヴが纏っている雰囲気はジョシュアとも、ジルとも、ロザリアにいる兵士や貴族達。父親であるエルウィン大公。それらとは全く違っていた。
彼だけのにおいと放っている気配。…どこにでもあって、誰にでもある。普通のもの。
そして、どこか懐かしくて、安心出来て。…嬉しかった。

帰る頃には厳しい稽古が終わるのと同じ様に外は真っ暗で。
マードック将軍に怒られないのは久しぶりかなと少年みたいに楽しそうに笑っていた。
その背を見つめ、ここでこの日々を送れたのが自分だけなのだとトルガルは感じた。
「皆には内緒だ」
ああ、そうだ。付き合ってくれてありがとうな、トルガル。
振り返りしゃがみ込んで優しく頭を撫でてくれた彼の胸元に思いっきりジャンプをした。
「お前も楽しかったのか。良かった」
また、いつか来ような。
キャンと元気に吠えて応えた。

仔狼だった時はその後に付いていった。そうして、世界を知っていった。
今はもう離れるつもりはないと前を駆け抜けていく。
現実を知っても、抗って生き抜くために。あの時に感じた想いを忘れてなどいないのだから。

約束が果たされたのは18年も後だった。
やはり、あの時にあったものは彼に息づいていたのだとまた感じながら、そう遠くない先で朽ち果てて行くであろうロザリス城をここからふたりで眺めた。